実践データ分析:データの「掃除」から始める前処理入門
データ分析の成否を分ける「前処理」の重要性
近年、ビジネスや研究の様々な分野でデータ分析が活用され、その重要性がますます高まっています。しかし、いざデータ分析を始めようと思ったときに、多くの情報に触れて何から手をつければ良いか戸惑う方も少なくないかもしれません。高度な分析手法や機械学習モデルに目が向きがちですが、データ分析の成功には、その前の段階である「データ前処理」が極めて重要な役割を果たします。
データ前処理とは、分析に使用するデータセットを、分析に適した形に整形する一連の作業を指します。収集された生データは、そのままでは分析に利用できない場合が多く、データ前処理が不十分だと、どんなに高度な分析手法を用いても誤った結論を導き出してしまう可能性があります。データ分析にかかる時間の大部分がデータ前処理に費やされるとも言われており、このステップを理解し、適切に行うことが実践的なデータ分析スキル習得の第一歩となります。
データ前処理とは何か
データ前処理は、生データを「分析可能なきれいなデータ」にするための作業です。例えるならば、料理をする前に食材を洗ったり、皮をむいたり、切ったりする下ごしらえのようなものです。どんなに優れたシェフでも、質の悪い食材を使えば美味しい料理は作れません。データ分析も同様で、質の悪いデータでは正確な分析は期待できません。
なぜデータ前処理が必要なのでしょうか。生データには、以下のような問題が含まれていることがよくあります。
- 欠損値: データの一部が記録されていない、抜け落ちている箇所。
- 外れ値: 他の多くのデータから大きくかけ離れた異常な値。
- ノイズ: 誤入力や測定誤差などによって生じた不正確な値。
- データ形式の不統一: 同じ種類のデータなのに、表記方法がバラバラである(例: 単位のばらつき、全角半角の混在など)。
- 重複データ: 同じ内容のデータが複数記録されている。
これらの問題を適切に処理しないまま分析を行うと、分析結果の信頼性が低下し、間違った意思決定につながるリスクがあります。
データ前処理の基本的なステップ
データ前処理は、扱うデータの種類や分析の目的に応じて様々な方法がありますが、基本的なステップは共通しています。ここでは、初心者の方が押さえておくべき主なステップをご紹介します。
1. データの確認と理解
分析に着手する前に、まずデータ全体を確認し、その内容を理解することが最も重要です。どのような項目(変数)があり、それぞれの項目がどのような意味を持っているのか、データの量や形式はどうなっているのかなどを把握します。ExcelやGoogle Sheetsでデータを一覧したり、簡単な集計(平均、中央値、度数など)を行ったりすることで、データの全体像や潜在的な問題点が見えてきます。
2. 欠損値の処理
データに欠損値がある場合は、適切に処理する必要があります。欠損値をそのままにしておくと、多くの分析手法でエラーの原因となったり、結果に偏りをもたらしたりします。欠損値の処理方法にはいくつか選択肢があります。
- 削除: 欠損値を含む行や列を削除する方法です。データ量が十分にある場合や、欠損がランダムに発生している場合には有効ですが、データ量が少ない場合に削除しすぎると分析に必要な情報まで失ってしまうリスクがあります。
- 補完: 欠損値に代わりの値を埋める方法です。例えば、平均値、中央値、最頻値で補完したり、前後の値から予測したりする方法があります。ただし、補完によってデータに人工的なパターンが生じる可能性があるため注意が必要です。
どの方法を選択するかは、欠損の割合、欠損が発生した原因、分析の目的などを考慮して判断します。まずは、データ中にどれくらいの欠損があるのかを確認することから始めましょう。
3. 外れ値の処理
外れ値は、データセットの他の値から著しく離れた値です。外れ値が存在すると、平均値などの統計量が大きく歪められたり、回帰分析のようなモデルの精度に悪影響を与えたりすることがあります。外れ値も、データの確認段階で簡単なグラフ(箱ひげ図など)を描いて視覚的に把握したり、統計的な手法を用いて特定したりすることができます。
外れ値の処理方法も様々です。
- 削除: 外れ値を含むデータ点を削除する方法です。ただし、外れ値が単なる入力ミスではなく、何らかの重要な現象を示唆している場合もあるため、安易な削除は避けるべきです。
- 変換: データの分布を対数変換するなどして、外れ値の影響を小さくする方法です。
- 置換: 外れ値を他の適切な値(例えば、外れ値と判断されない範囲の最大値や最小値など)に置き換える方法です。
外れ値の定義自体も分析によって異なるため、何をもって外れ値とするのかを慎重に判断し、その処理方法を決定することが重要です。
4. データ形式の統一と変換
異なるソースから収集されたデータや、同じデータでも入力者によって表記が異なる場合、データ形式を統一する必要があります。例えば、「東京都」と「東京」が混在していたり、「100円」と「100」が混在していたりする場合などです。
また、分析手法によっては、データを数値形式に変換したり、特定の範囲に正規化・標準化したりする必要が生じます。例えば、カテゴリデータ(性別、地域など)を数値データに変換するエンコーディング処理や、値のスケールを揃える標準化(平均を0、標準偏差を1にする)や正規化(値を0から1の間に収める)などがあります。これらの処理は、機械学習モデルの性能向上に繋がることがよくあります。
どこから始めるか
データ前処理は多岐にわたる作業ですが、最初から全てを完璧に行う必要はありません。まずは、手元のデータを使って、以下の基本的なステップを試してみましょう。
- データの全体像を掴む: どのようなデータがあるのかを眺めてみる。
- 欠損値の確認: どこにどれくらい欠損があるのかを確認する。
- 簡単な処理を試す: 少量の欠損なら削除してみる、外れ値らしきものを確認してみる。
これらの作業は、ExcelやGoogle Sheetsといった表計算ソフトでも、ある程度行うことができます。より複雑な処理や大量のデータを扱う場合は、PythonやRといったプログラミング言語や、GUIベースのデータ前処理ツールなどが役立ちます。
まとめ
データ分析において、データ前処理は分析結果の質を決定づける非常に重要なステップです。生データの確認から始まり、欠損値や外れ値の処理、データ形式の統一など、地道な作業が多いですが、この「データの掃除」を丁寧に行うことで、その後の分析をスムーズに進めることができ、より信頼性の高い洞察を得ることが可能になります。
いきなり難しい技術に挑戦するのではなく、まずは身近なデータを使って、今回ご紹介した基本的なデータ前処理の考え方や手法を実践してみることから始めてみましょう。この基礎がしっかりと身につけば、より高度なデータ分析へとステップアップしていくための強固な土台が築かれるはずです。